
小松原一男
日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。
1970年代から1980年代の東映動画作…
Person
小松原一男
日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。 1970年代から1980年代の東映動画作品を代表するキャラクターデザイナーとして活躍。東映動画の社員ではなく、テレビアニメ時代を迎えた東映動画を支えた、外注プロダクションの生え抜き第1世代にあたる。亡くなるまで、作画スタジオ「OH!プロダクション」取締役。 功績を讃えられ、故人として東京国際アニメフェア2008で功労賞を受賞。 神奈川県横浜市出身。中学卒業後、定時制高校に通いながら、電気器具の塗装の仕事に就く。松竹映画スター肖像画コンクールに応募して入選するなど、かねてから絵で身を立てたいと祈願し、横山隆一のアニメ制作スタジオ「おとぎプロ」を見学したり、手塚治虫の虫プロダクションの入社試験を受けたりした末に、1964年に東映動画のアニメーター養成機関だった大森分室へ入所する。 1期生は研修を終えると東映動画へ入社したが、小松原ら2期生の4人は大森分室に残り、大森分室はそのまま作画スタジオ「チルドレンズ・コーナー」として独立。スタジオを主宰する山本善次郎は東映動画の創立メンバーで、「チルドレンズ・コーナー」は自然と東映動画系の外注スタジオという位置付けになった。東映動画初のテレビアニメ『狼少年ケン』の動画で小松原はデビュー。このとき仕事をともにした月岡貞夫らから触発されたと、後に語る。 1990年代後半に胃潰瘍で倒れてからは、テレビアニメから退いて、劇場アニメやオリジナルビデオアニメの仕事に比重を移した。『メトロポリス』では、病の痛みのために立ったまま原画を描いたが、完成を見ることなく2000年3月24日に頚部悪性腫瘍で死去した。
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